2022年3月31日、海老蔵さんと小林麻耶さんに関するネットニュースがクローズアップされていた。
小林麻耶さんと國光吟氏が海老蔵さんから謝罪を受けた、という内容だった。麻耶さんは海老蔵さんが無断で麻耶夫婦の離婚を示唆したことについて謝罪を求めていた。ここのところ麻耶さんと海老蔵さんの間には軋轢があった。そして、それは世間でいうところの、麻耶さんの洗脳問題とも関連しているようだった。
立て続けに攻撃を仕掛けているように見えるのは麻耶さんの側だ。3月21日、麻耶さんは國光吟氏のYouTubeチャンネルに暴露動画をアップしている。その中には、小林麻央さんの乳がん闘病に関するショッキングな新証言が含まれていた。
麻央の死は海老蔵のせいって本当?
暴露された動画には、
- 麻央さんの治療は海老蔵さんが選んだ
- 麻央さんはその治療を止めたがっていたが、海老蔵さんはそれを許さなかった
- 海老蔵さんは麻央さんを病院に行かせなかった
という内容が含まれていた。
これを文字通りに受け取るとどうなるだろうか?
海老蔵さんは、乳がんの改善に対して科学的根拠の無い施術を麻央さんに強いる一方で、病院での(乳がんに対して効果的な)治療を受けさせなかったということになる。
麻央さんは乳がんが進行してステージ4となり、闘病の末に亡くなっている。麻耶さんの証言に従うなら、乳がんの進行を許したのは海老蔵さんのせいだということになる。
これは本当だろうか?
麻耶さん新証言により空白期間の説明がつく
麻央さんに乳がんが見つかってから、病院での治療を受けるまでの間には空白期間がある。麻耶さんの証言によれば、この空白期間における治療を選んでいたのは海老蔵さんだったという。
2016年に海老蔵さんは中東で歌舞伎の公演を行っている。麻央さんの治療を行ったその人物は、中東での公演に影響力を持っていたという。麻耶さんによれば、海老蔵さんは中東での公演を実現させるため、この人物の治療を継続させたという。
ここで一度、時系列を整理しておこう。
人間ドックで麻央さんに乳がんの疑いが出たのは、2014年2月のことだった。
その後、2016年6月に海老蔵さんは会見を開き、麻央さんが乳がんであることを公表した。
麻央さんのブログには、2015年の1年間をどのように過ごしていたのか、どのような治療を受けていたのかが書かれていない。これが空白期間に当たる。
2016年に中東で公演を行うとした場合、その前年の2015年は公演の準備期間にあたるだろう。そして、2015年の1年間は麻央さんが何をしていたのかを語っていない空白期間と一致する。
従って、中東公演の準備期間に当たる2015年に、海老蔵さんが中東公演実現に影響力のある人物に麻央さんの治療を依頼したとすれば、時系列の観点からは、つじつまが合うことになるだろう。
麻耶さんが語っていないこと
ただし、だからといって麻央さんの乳がんの進行を全面的に海老蔵さんの責任であるとは言えないような気もする。
麻耶さんによれば、麻央さんの家族は病院に行くようにしきりにすすめたそうだ。麻央さんは、「もう少し待って」と言っていたという。病院に行くというのはこの場合、怪しげな治療ではなく標準的な治療を受ける、という意味合いを含んでいると思う。
そうなると、次のような対立軸が浮かび上がる。
- 麻耶さんを含め、麻央さんの家族(おそらく実母)は標準治療をすすめた
- これに対して、海老蔵さんは非標準治療をすすめた
もし、非標準治療に多くの時間を費やした結果、標準治療のスタートが遅れ、これが乳がんの進行につながったのだとすれば、海老蔵さんの責任は非常に大きかったことになる。
しかし、ここには一つ重要な観点が欠けている。
それは、麻央さん自身の意志の問題である。
家族は病院をすすめた。これはありそうなことだ。
海老蔵さんは怪しげな治療をすすめた。近くで見ていた麻耶さんが言うのだから、そうなのだろう。
では、そのとき麻央さんはどう考えていたのか?
この部分が語られていない。例えば、
- 麻央さんは病院に行きたかったが、海老蔵さんの意見に嫌々従った
- 麻央さんは病院に行きたかったが、海老蔵さんの意見を聞き、そこに希望を見出すようになった
- 具体的な治療法の選択は海老蔵さんの意向によるものだが、麻央さん自身も非標準治療に興味や期待を持っていた
この中で、どれが一番近いのだろうか。空白期間の治療法を選択したのが海老蔵さんだったとしても、麻央さんの立ち位置次第で印象は随分変わってくる。
時間が経ち過ぎており、人間関係も変化している
当ブログは麻央さんの闘病記を熱心に追っていた。同時期の海老蔵さんのブログもチェックしている。
麻央さんが亡くなって以降は情報をアップデートしていない。過去の記事は当時の2人のブログから得られた情報と想像によって書かれているので、現在の知識に照らし合わせると間違った内容も含まれていることと思う。
ただ、当時リアルタイムで闘病記を読んでいた者が何を感じて何を考えたかの記録にはなっている。実をいうと当時抱いていた様々なイメージと、麻耶さんの新証言には、ちょっとしたズレを感じる部分がある。
ひとつは、麻央さん、麻耶さん、海老蔵さんの人間関係だ。当時の私は麻央さんのブログを通じて、病気と闘う家族の絆を感じたものだ。麻耶さんは姉の立場、海老蔵さんは夫の立場でそれぞれ麻央さんを支え、励ましていると思った。
しかし、2022年3月の麻耶さんによれば、これら全ては虚構であり、海老蔵さんが自分のイメージを良くするための演出だったことになる。一部が演出だというのなら分かるが、全てが演出などということはあり得るだろうか?
もし本当にそうなら、麻耶さんは内心嫌悪感を感じながらもそれを表に出さず、海老蔵さんのイメージづくりをサポートする優れた演者の一人だったことになるだろう。
もうひとつは、麻耶さんの暴露動画に出てくる麻央さんが、海老蔵さんの命令に従うだけの存在であること。
病院に行かせてもらえないから行けない。治療を止めさせてもらえないから止められない。本当にそうなら、言われるがまま従う、受動的な人ということになってしまう。闘病記から感じられる麻央さんは、もっと強い意志を持った人というイメージだった。
非標準治療に関しては、乳がんが見つかった直後の治療初期に行うのと、ステージ4まで進行した後で行うのとでは意味あいが異なる。麻央さんのブログを読んでいたときの印象によれば、少なくともステージ4まで進行した後に行った非標準治療は麻央さんが望んで行っているように見えた。ここから推測すると、乳がんが見つかった直後の治療初期においても、麻央さん自身が非標準治療を志向していたとしても違和感はない。
麻耶さんの暴露が全て正しいと仮定するなら、海老蔵さんがすすめさえしなければ麻央さんは標準治療を行っていたことになる。麻央さんは意に反して非標準治療を選ばざるを得なかったのか? それとも、もとからそうだったのか、海老蔵さんの働きかけの結果そうなったかはさておき、麻央さん自身が非標準治療を行うことに納得していたのかどうか。この点は分からない。
麻耶さんが述べているのは、麻央さんの家族が標準治療をすすめたことと、海老蔵さんが非標準治療をすすめたこと、そして、麻央さんが後からその治療を止めたかったと語ったことのみであり、麻央さんが治療初期において標準治療を望んでいたかどうかについては明言されていない。麻央さん自身にも非標準治療の志向があった、あるいは、標準治療を避けたい気持ちがあった、という可能性は排除されていないように見える。乳がんの進行、さらには麻央さんの死の全責任が海老蔵さんにあるかのような麻耶さんの主張にどこか引っかかるものを感じるのはこの辺りが理由かもしれない。
実際、海老蔵さんは良くも悪くも自分のことに一生懸命で他人に干渉しない印象だ。麻央さんの治療についてこと細かく指示していたというイメージはわかない。それとも、こうしたイメージさえもが海老蔵さんが演出し、作り上げたイメージに欺かれた結果ということなのか?
海老蔵さんと麻央さんの関係は麻耶さんがいうように、海老蔵さんが決定を下して麻央さんはただそれに従う、というものだったのだろうか? 歌舞伎の世界は独特なので、麻央さんが本当に自分では何も決められない環境だったとしたら気の毒というほかない。
麻央さん、麻耶さん、海老蔵さんが乳がんと闘っていた時期から、ずいぶん時間が経った。当時とは人間関係も変わっている。現在の麻耶さんのフィルターを通して当時を振り返ると、海老蔵さんが実際そうであった以上に悪者に見えるというのはありそうな気がするが、これは、海老蔵さんに肩入れした意見だろうか。
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