小林麻央 誤診&治療迷走で「遠隔転移」最悪のシナリオ

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2017.06.25

小林麻央 誤診だけが後悔の対象とは限らない

小林麻央さんは乳がんの早期発見の可能性があったのにそれができなかったことを後悔しています。

あのとき、
もっと自分の身体を大切にすればよかった
あのとき、
もうひとつ病院に行けばよかった
あのとき、
信じなければよかった
あのとき、、、
あのとき、、、
9月4日「開放」より

「信じなければよかった」というのは「乳がんと疑われるものではない」という診断のこと。そして、「もうひとつ病院に行けばよかった」というのは、そのとき他の病院にセカンドオピニオンを依頼すればよかったということ。そのように受け取れます。

しかし、信じなければよかった、他の病院にも行けばよかったと思うにいたった理由がひとつの出来事だけとは限りません。もしそうなら、小林麻央さんの後悔は最初の診断に集約されることになります。もちろんその可能性もありますが、それだけにとどまらない気がするのです。

もしかしたら、今後、
私のブログを読んで、
悲しく感じたり、
知ってしまうことで
不安になってしまったり、
何かを思い出し怒りを感じてしまう方も
いるかもしれません。
9月4日「開放」より

ここで語られているのはブログの読者に対するちょっとした警告です。これからブログで公開される内容を知ることで、悲しくなったり、不安になったり、さらには怒りを感じたりすることがあるといっています。

乳がんという深刻な病気をテーマにしているのですから、悲しみや不安を伴うのは当然でしょう。しかし、怒りは少し性質が違います。人は病気に対して怒るということはあまりありません。怒りの対象は人間です。害をなしたり、不当な目にあわせたりする人間。あるいは、そうした人間によって為された行為に対して、人は怒りを感じるでしょう。

乳がんの発見が遅れるきっかけとなった最初の診断(誤診?)は怒りの対象たりえます。しかし、これですべてといいきれるでしょうか。

誤診問題が気になります。

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小林麻央 最初の病院に対する不信感

小林麻央さんのブログに登場する最初の病院は、なんとなくあまり良い描写をされていない気がします。乳がんを見落としているのですから当然ではあるのですが……。

その病院で再検査を受けたときのこと。

授乳中はマンモグラフィーはできないと
思っていましたが、
普通に行いました。
9月11日「再検査」より

マンモグラフィーは一般的には授乳が終わってから1年後くらいに受けることが勧められているようです。ただ、すでに乳がんの疑いがあるケースに対する検査なので、ここでマンモグラフィーを行うことが正しい選択だったのかもしれません。肝心なのは、小林麻央さん自身が、「おや?」と小さな違和感を感じたようだという点です。

続いて、再検査から8~9カ月後、生検を受けた後で結果を聞く場面。

「母は強いですからね!!
小さなお子さんがいながら
頑張って治療しているお母さんは
たくさんいます!
乳がんは、長い付き合いなので、
ゆっくりがんばりましょう」
9月16日「涙」より

この医師は小林麻央さんを励まそうとしているわけですから、言っている内容は悪くありません。問題はそのタイミング。

生検の結果を正しく伝えることなく、なんとなく乳がんであることが前提であるかのように、励ましからはじまったのです。もしかすると告知に伴うショックを和らげる配慮だったのかも知れませんが、小林麻央さん自身は、「生検の結果聞く前に、癌前提のお話ではないですか!」と述べています。ここでも、やはり印象は良くなかったようです。

このような対応をする病院、より正確には、このようなかたちで描写されてしまう病院には、まだまだ続きがあるのではないかと思えるです。

小林麻央 後悔の本質 初期治療で何が起きたのか

小林麻央さんの乳がん治療には大きな特徴があります。それは、長期的な抗がん剤治療です。仮に、診断だけでなく、初期治療においても何らかの問題が起きていたとするなら、それは現在も続く長期的な抗がん剤治療に何らかのかたちで関与したはずです。

手術を行わず(行えず)、抗がん剤治療を選択する理由には次の可能性があります。

1.最初に手術を行わない選択をした
手術適用ではあったが、先に術前化学療法を行うなど手術を後回しにする選択をした場合

2.手術を行いたくても行えない
局所進行乳がんのように、手術を行いたくても行えず、抗がん剤治療で腫瘍を小さくする必要があった場合

3.手術を行っても意味がない
乳がんが確定した段階ですでに遠隔転移のあるステージ4に進行しており、手術をしても予後が向上しない場合

ここでは最悪の想定をすることが主題ですから、小林麻央さんがステージ4に至っていると想定してみましょう。
上の3つの可能性の中から結果的にステージ4に至った場合、後悔の念が最大化するのはどれでしょうか。

まず、3は最初からステージ4なのですから、不運という意味では最大のものとなりますが、それはほとんど運命であり、後悔の入り込む余地はないといえるでしょう。

次に2は、手術できないままステージ4に至ってしまうケース。治療の選択次第では腫瘍が小さくなり、手術ができていたかも知れないので、「別の病院で治療していれば、もしかして……」と後悔することもあるでしょうが、基本的にはやるべきことをやってきたのですから納得もできます。

問題は1です。これは本来なら手術ができる段階でした。しかし、何らかの理由ですぐに手術をしなかった結果、乳がんが進行して手術ができなくなったケース。これは悔やんでも悔やみきれません。最初に手術をしていれば少なくとも生命の危機は回避できた可能性が高いのですから。

明らかに後悔が最大化するのは1となります。変えようのない運命ではなく、自分(または医師)の選択によって生じた結果であり、選択を誤らなければもっと良い結末もありえたからです。

小林麻央さんの後悔の念が、乳がんを見つけられなかった診断に対してだけでなく、治療に対しても向けられているとするなら、こういうことが起きていたとも想像できるのではないでしょうか。

具体的には、手術の前の術前化学療法(その有効性や是非については医師の間でも意見が分かれます)の間に腫瘍が大きくなってしまうケースなどがあります。また、可能性としては低そうですが、放射線療法やラジオ波熱焼灼療法(RFA)といった、まだ試験段階で標準治療として確立していない治療法を試み、それが上手くいかなかったケースなども考えられるでしょう。

さて、最悪のシナリオとは最初からステージ4と診断されることではありません。それは、不幸な運命というべきものです。最悪といえるのは、本当はそうならなくてよかったのに選択や判断の誤りによってもたらされるような不幸のことでしょう。

ここでは、小林麻央さんのブログに見る後悔の強さ、そして、最初の病院に対する不信感を伴った描写から、「こんなことも起きていたのかも知れない」という‎可能性を考えてみました。当然、想像上のシナリオであり、根拠といえるものはありません。果たして、初期治療は順調に進んだのかどうか。ちょうど、診断の場面で何が起きていたのかが明らかにされたように、今後、小林麻央さんのブログの中で治療の場面で何が起きていたのかも明らかにされるのでしょう。

※この記事は2016年9月段階の情報をもとに書かれています。誤診のあった病院では治療面でも乳がんの進行につながる何かが起きていたのではないかという憶測の記事です。その後、2017年6月22日に麻央さんが死を迎えるまでの間、初期治療について語られることはありませんでした。ひとつ言えることは、この記事で推論しているような最初の病院における治療の問題は存在しなかったということ。むしろ、麻央さんは最初の病院で提示された治療(切除手術)を受け入れることなく、病院を去ったものと見られています。最初の病院は誤診こそありましたが、治療面での関与はありませんでした。麻央さんは自ら意志によって最初の病院での治療から離れていきます。しかし、医師の治療によってではなく自らの意志で、という違いこそありますが、「選択を誤らなければもっと良い結末があった」という点は同じ。初期治療から離れたこと、そしてそのことによって取り返しのつかない結果を招いたこと、それは治療の迷走にほかならず、やはり最悪のシナリオと呼ばなければならないでしょう。

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