手足が思うように動かせなくなるのは整形外科系の疾患にはよくあることです。例えば肩が動かせなかったり、動かすと痛くなる40肩、50肩。膝の痛みで歩けなくなる変形性膝関節症などがあります。
乳がんで手足が思うように動かなくなるのは主に手術の影響によるものです。小林麻央さんの場合は手術の前からそうした状況だったとのことなので少し特殊です。あらためて小林麻央さんの写真を見てみると、挙手の動作で腕を上げようとしていますが、主にひじ関節を曲げることで手を肩の高さ以上に上げてはいるものの、肩関節がほとんど動いていないことが分かります。
小林麻央さんが「腕が上がらない」と表現している不具合は、正確には「肩関節の可動域制限」のことです。
腕が上がらない理由は腋窩リンパ節郭清か
乳がんの手術で腕が上がらなかくなる原因は、腋窩(えきか)リンパ節郭清(腋窩リンパ節切除)によるものと思われます。リンパ節郭清とは、鎖骨下静脈・広背筋・胸壁に囲まれた部分の脂肪細胞に埋まっているリンパ節を脂肪細胞ごと切除する手術のことです。これにより、術後の転移の可能性を減らすことができます。
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以前はすべての乳がん手術に対して腋窩リンパ節郭清が行われていましたが、後遺症を伴うので、現在では必要な人だけに行うようになっています。リンパ管を通ってがん細胞が最初に転移するセンチネルリンパ節を取り出して検査し、ここに転移がなければその他のリンパ節にも無いと考え、腋窩リンパ節郭清は行いません。これによって乳がん手術を行ってもリンパ節郭清に伴う後遺症に悩まされる人が少なくなったそうです。
小林麻央さんのケースは少し特殊です。小林麻央さんは癌告知時にリンパ節転移があることが分かっています。その意味では、腋窩リンパ節郭清の適応といえます。しかし、小林麻央さんは癌告知後にいずれかのタイミングでステージ4に進行しました。ステージ4は一般的には手術適応ではありません。腋窩リンパ節郭清の狙いは肺や骨、肝臓などへの転移の可能性を減らすことです。小林麻央さんは既に肺と骨に転移しているので、この段階で腋窩リンパ節郭清を行うはっきりとしたメリットはありません。
このような事情のため、小林麻央さんの手術は治癒を目指す根治手術ではなく、QOL(生活の質)のための手術といわれています。小林麻央さんはQOLのための手術で乳がんを切除するとともに、腋窩リンパ節郭清を行ったのではないでしょうか。
乳がん手術後にリハビリが必要な理由
日本乳癌学会の「乳癌診療ガイドライン」は乳がん手術後の上肢機能障害にふれています(「腋窩リンパ節郭清術後の患側上肢のリハビリテーションは勧められるか」)。
それによると乳がん手術後の上肢機能障害には次のものがあります。
・肩関節可動域低下 1~67%
・腕の筋力低下 9~28%
・肩・腕の疼痛 9~68%
・リンパ浮腫 0~34%
小林麻央さんに関してはブログに公開された写真から、明らかに「肩関節可動域低下」が見て取れます。また、「腕の筋力低下」や「肩・腕の疼痛」によって腕が上がりにくくなっていることも考えられます。「リンパ浮腫」についてはふれられていないので分かりません。
また、こうした障害が現れる原因には、
・手術自体
・術後の固定
・感染
などがあるそうです。
この内「手術後の固定」というのは、手術後に肩や腕を動かさないままでいると可動域が狭くなり、筋力も低下することを指しています。これを防ぐために手術翌日からリハビリを開始します。最初の4日間は、動かし過ぎると患部の浸出液が増えることがあるので動かす範囲を肩の高さ程度に制限します。5日目以降からは制限を設けずにリハビリを続けます。
小林麻央さんに関しては感染についてはふれられていないので、手術自体、術後の固定、そして何らかの理由による術前からの固定が影響していると思われます。
洗濯物を使ったリハビリは肩関節重視で
大切なのは退院後のリハビリの継続です。
日常動作の中で毎日少しずつ肩関節を動かし、可動域を広げていく必要があります。
小林麻央さんは「洗濯物を干すのが一番の訓練です」と言っています。確かに、高いところに洗濯物を干そうと思えば腕を高く上げる必要があり、この動作を繰り返せば肩関節の可動域も広がるでしょう。
ただ、小林麻央さんがブログに公開した写真は、ほぼひじ関節を曲げるだけで手を高い位置にまで持っていっており、肩関節が十分に動いていません。肘を使って肩関節の動きの不足を補う動作をしているわけです。これを代償動作といいます。例えば、体を反らせたり、ひねったりすれば手はさらに高く上がるでしょう。これも代償動作です。リハビリ目的の動きとしては一番回復したい肩関節が動かないのでこうした代償動作はあまりよいことではありません。
洗濯物を干す動作は肩関節のエクササイズになりますが、代償動作をしていると肩関節をあまり動かさなくても手はある程度まで上げることができます。リハビリのための動作では、手が高く上がりさえすればよいのではなく、あくまでも肩関節を動かして手を上げる練習を繰り返すことが重要になるでしょう。
機能障害が出ている期間が長いほど、リハビリによる回復には時間がかかると考えられています。小林麻央さんの場合は手術自体と手術後の固定以外に、手術前からの固定という要因が加わっており、機能障害の期間が長くなっているものと思われます。肘が肩の高さまで上がらない小林麻央さんの可動域低下は、一般的な腋窩リンパ節切除後の後遺症よりも深刻なものです。より多くのリハビリ期間を要することが予想されますが、ブログのニュアンスではすでに術前よりも良くなっていることがうかがえます。この調子で回復を図ってほしいですね。