昔に比べて入院期間が短期化しているのはご存知の通りです。そこには、医療費を抑制するという経済的な理由と、患者の早期回復に努めるという理由とがあります。がん治療も例外ではなく、入院期間は短くなっていっています。
とはいえ、さすがに癌の手術を日帰りで行うという話はあまり聞きませんよね。ところが、報道によると、タレントの大橋巨泉さん(81)は去る10月14日に縦隔(じゅうかく)のリンパ節に2か所の腫瘍が見つかったため手術を行い、その日の内に退院して、なんと翌日にはテレビ収録の仕事をこなしていたといいます。このようなことは可能なのでしょうか?
手術後はできるだけ早期に普段通りの生活を
翌日から仕事というのは極端なケースではありますが、早期退院の流れがあることは確かです。まず、この点について確認しておきましょう。特に高齢者の場合は、手術の後に長期間入院していると体力が低下してしまいます。
できるだけ早く普段の生活に戻れるようにしないと、筋力が低下して寝たきりになったり、床ずれによって皮膚が傷つく褥瘡(じょくそう)が生じたり、食べ物を飲み込む機能が低下して誤嚥性肺炎(ごえんせいはいえん)を引き起こしたりといったトラブルが生じます。安静期間が長期化することによってさまざまな症状が出ることを「廃用性症候群」といいます。早期退院にはこれを防ぐ狙いもあります。
胸腔鏡手術でも2~3日は入院が必要
さて、大橋巨泉さんのケースについてですが、今回問題となったのは、左右の肺の間にある「縦隔」という部位にできた腫瘍でした。手術時間の長さ、回復に必要な時間、入院期間等はその手術の難しさや、手術の技術的な問題にも左右されます。
現在、縦隔腫瘍を扱う呼吸器外科において、最も負担が少ないと考えられるのが「胸腔鏡手術」です。同術においては、ポート(直径5~12mm程度の穴)を数か所設置し、そこから器具を挿入してハイビジョンカメラで撮影した映像を見ながら手術を進めます。傷口も小さく、開胸手術に比べて体への負担も小さくて済みます。その分、入院期間が短縮できます。それでも、癌治療の場合は短くても2~3日は入院するのが一般的です。
技術的な側面のみから見れば、腫瘍が摘出しやすい場所にあり、設置するポートの数も少なくて済めば1時間程度で手術を終えられ、日帰り手術も不可能ではないそうです。ただ、緩和を目的とした手術の一部で日帰り手術を行う例を除けば、癌の手術は基本的に入院で行うのが一般的です。
大橋巨泉さんのケースでは、本人に強い希望があったためか、または、81歳という年齢や末期癌であることを考慮して、「仕事への熱意」を優先した方がQOL(生活の質)が高まるという医学的な判断があったのでしょうか。そうした事情に関して、残念ながら報道からは確かなこと分かりません。ただし、大橋巨泉さんのようなケースは非常に稀である、という点については間違いないでしょう。
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