小林麻央さんが亡くなった後、その強さ、優しさ、人柄の良さ、生き方の素晴らしさを讃える報道にあふれています。今なおそれは続いているのですが、一部で新たな切り口も見られるようになりました。
それは、「乳がん告知後の空白期間に何をしていたのか」を問うものです。
この視点は2016年10月の時点で、既にベルーガクリニックHPによって強烈に提示されていました。しかし、日々リアルタイムで麻央さんのブログを閲覧し、そこで生じた疑問点を解消すべくベルーガクリニックHPにまでたどり着いたのはほんのひとにぎりの人たちにすぎませんでした。
今になって麻央さんの空白期間に関心を持ち始めた人々は、ベルーガクリニックによる暴露を体験していないのでしょう。だからなおさらのこと、ここのところ畳みかけるように報道された、空白期間の謎、切除手術拒否、非標準療法・代替医療の選択といった麻央さんの知られざる一面に大きな衝撃を受けたのです。
6月26日、週刊新潮は標準治療ではなく気功を選択と報道。
7月4日、女性自身は麻央さんが水素温熱免疫療法を受けたクリニックに業務停止命令と報道。
これまで麻央さんの乳がんが悪化したのは誤診のせいだと信じ込んでいた人も、「標準療法を受けなかったせいでは?」「患者を惑わす怪しげな治療はけしからん!」と、考えるようになりました。しかし、ここで首藤クリニックを悪者にしているようなら、情報の整理ができていないと言わなければならないでしょう。
首藤クリニックの業務停止命令と麻央は無関係のはずが…
麻央さんが水素温熱免疫療法を受けていたのは首藤クリニックだと考えらています。そして、確かに首藤クリニックでは水素だとか、免疫だとか、ちょっと効果に疑問符がつくような治療法が行われていました。そのクリニックが業務停止命令なのですから、イメージはがた落ちです。「さぞ悪いクリニックなのだろう」と思われても仕方ないでしょう。
しかし、今回の業務停止命令は無届で他人のさい帯血を投与する医療を行ったことが原因であり、麻央さんの治療とは関係がありません。無届は責められるべきですが、麻央さんが受けた治療に非があったわけではないのです。
さらに悪いことには、首藤クリニックHPの内容がツッコミどころ満載で、ご丁寧に読みやすい漫画まで作って標準治療の否定と受け取れる内容を堂々と掲載していたのです。
これを見た人はきっとこう思うでしょう。
「標準治療を否定して患者を非標準治療に誘導しているじゃないか! 麻央さんも標準治療を拒否したと聞いている。さては、このクリニックの入れ知恵だな(怒)」
首藤クリニックはタイミングが悪かっただけ
まず、当ブログには首藤クリニックを擁護する理由など何もないことを断っておく必要があります。無届の治療は良くないことですし、正直、行っている治療もちょっと怪しげだと感じています。ただ、それでも、麻央さんの乳がんが進行したのを首藤クリニックのせいにするのはおかしい、ということは言っておきたいと思います。なぜならそれは論理的にあり得ないからです。
首藤クリニックはタイミングが悪かっただけなのです。麻央さんが亡くなり、誤診の話題や美談だけでなく、空白期間の謎にも注意を向ける人が増え始めた矢先に業務停止命令がニュースになりました。聞けば麻央さんが通っていたクリニックだというではありませんか。しかも、HPには分かりやす過ぎるほどの怪しげな内容が……。しかし、それでも首藤クリニックは麻央さんの乳がんの進行とは無関係だと言えます。なぜだか分かりますか?
首藤クリニックを悪者にする人が誤解している2つのこと
首藤クリニックはなぜ悪くないのか。その答えは聞いてしまえば何のことはない当たり前のことです。しかし、これに気づくには麻央さんの3年間におよぶ闘病生活の流れが頭に入っていなければなりません。
治療時期についての誤解
麻央さんの乳がんが進行したのは、標準治療ではなく非標準治療を選択したからだとしましょう。この選択はいつ頃行われたものでしょうか。麻央さんの乳がんが確定したのは2014年10月です。この時点で標準療法を選択していれば結果は変わっていたかもしれません。しかし、2016年2月になると、すでに標準療法を選択できるような状況ではありませんでした。この時点で既に治癒の見込みのないステージ4だったと思われます。
仮に、麻央さんを標準療法から引き離し、非標準療法に導いた黒幕がいるとするなら、その登場は少なくとも2016年2月以前である必要があります。ところが、首藤クリニックでの治療を指すと思われる「温浴療法」の言葉が麻央さんのブログに現れたのは2016年12月3日のことでした。それより少し前、11月10日に「今まで挑戦しなかった分野の身体へのアプローチ」という曖昧な表現が指しているのが温浴療法だったのかもしれませんが、そう考えた場合でも初出は2016年11月。標準療法を選択できる時期はとっくに過ぎています。
治療の位置づけについての誤解
がん治療ではステージ4となった段階で、治療目的が治癒ではなくQOL(生活の質)の向上になります。
首藤クリニックのHPに掲載されている漫画が積極的な治療を否定する内容であることが物議をかもしていますが、どの段階の患者さんに向けたものなのかによってその意味合いは大きく異なります。まず、まだ治療による治癒の可能性がある人、ちょうど麻央さんに当てはめるなら2014年10月時点のように切除手術を行える段階の人にこれを言うのには問題があります。治癒の機会を奪うことにつながるからです。
しかし、すでに治癒の可能性がないステージ4の人に対しては、積極的な治療を行わずにQOL(生活の質)の向上に特化した治療を行うという選択肢は必ずしも間違ってはいません。最期まで癌と闘うかどうかは個人の価値観の問題といえるでしょう。
なぜ、麻央さんの乳がんの進行を首藤クリニックのせいにしてはいけないのか。それは、首藤クリニックが行う水素温熱免疫療法が、主として治癒を期待できない段階の人に提供される医療という性質を持っていること。そして、麻央さん自身もステージ4の段階でこの治療を受けていること。首藤クリニックの治療を選んだために標準治療を受けられなかったのではなく、首藤クリニックの治療を受ける頃には既に標準治療を受けられる段階ではなかったのです。
ここでは首藤クリニックで麻央さんが受けた治療が良いものなのか悪いものなのかを問題にしていません(当ブログはどちらかといえば批判的な立場です)。ただ、首藤クリニックは麻央さんの乳がんを進行させた黒幕ではないこと(なぜなら既に進行してしまった後に受けた治療だから)、この点を明らかにしておきたいと思いました。